急性腹症の歴史

ー腹部外科の成り立ち

 

川満富裕 著

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急性腹症の歴史は、腹部外科の初期史である。

そこには試験開腹術の歴史、イレウスの歴史が強く結びついている。

 

1904年、イギリスの外科医ウィリアム・ヘンリー・バトルが名付けたとされる「急性腹症」。

腹痛を主症状とした、診断を得られないまま手術を含めた迅速な対応が必要な病気のことを指し、急性虫垂炎の治療が手遅れにならないよう名付けられた。

“acute abdomen”という文法として誤った用語で論争が起こったが、一方でその耳障りな言葉のインパクトによって一般にも注目されることとなった。

 

かつて開腹手術は帝王切開術や卵巣摘出術など、その目的もやり方も明らかな治療にのみ危険を承知で行われていた。

イレウスに対しても内科的治療が行われていたが、19世紀になると診断技術が進歩し、確かな術前診断があれば開腹手術が認められるようになった。

麻酔法や消毒法が普及するとさらに成功例は増え、診断が得られずとも試験開腹術は早期手術として行われるようになる。

 

「両刃の治療を行ってみる方が何もしないよりもよい」という古代ローマ・ケルススの教えもまた、外科医たちの果敢な試みを促した。

 

イレウスの概念の変遷、急性虫垂炎や腸重積の歴史を踏まえ、医療の発展とともに腹部外科が誕生するまでを考察する。


<目次>

 

はじめに

 

第一章 急性腹症という用語

1.バトルによる急性腹症の概念

2.バトルとコーナーの共著『虫垂疾患の手術と合併症』

3.エドワード七世の急性虫垂炎

4.アメリカにおける急性腹症という用語の受容

 

第二章 イレウス概念の歴史 イレウスとコリクス

1.古代のイレウス

2.中世のイレウス

3.一六、一七世紀のイレウス

 

第三章 イレウス概念の歴史 内部絞扼と腸閉塞

1.一八世紀のイレウス

2.一九世紀のイレウス

3.現在のイレウス

4.結論

 

第四章 開腹手術の起源

1.帝王切開術の初期史

2.ムードンの弓兵

3.胃切開術

4.卵巣摘出術

 

第五章 腸閉塞の手術の起源 人工肛門造設術と腸吻合術

1.嵌頓ヘルニアの手術

2.エヴァンの戒め

3.開腹手術としての人工肛門造設術

4.初期の腸吻合術

 

第六章 試験開腹術の概念

1.腸閉塞の診断の進歩

2.フィリップスによる腸閉塞の集計

3.試験開腹術という概念の起源

4.腸閉塞の開腹手術に対する反対

 

第七章 開腹手術の発展 腹部外科の誕生

1.一九世紀半ばにおける腸閉塞の手術の発展

2.腸閉塞の集計

3.試験開腹術に関する論争

4.清潔と湯冷まし一派

5.腹部外科学の誕生

6.腹部外科学の発展

7.まとめ

 

第八章 腸重積の治療の歴史

1.疾患概念の起源

2.疾患概念の確立

3.腸重積の診断

4.腸重積の治療

5.腸重積の注腸整復

6.腸重積の治療の発展

7.現在の腸重積の治療

 

第九章 急性虫垂炎の歴史

1.虫垂という構造物

2.一八世紀末までの虫垂炎に関する報告

3.虫垂炎の疾患概念の起源

4.虫垂炎治療の発展

5.虫垂炎の早期診断

6.ヨーロッパにおける虫垂炎の治療

7.陰性虫垂切除術

8.能動的観察とNSAP

 

第一〇章 急性腹症という概念

1.『急性腹症の早期診断』の目次の変遷

2.コープによる急性腹症の概念

3.サイレンによる急性腹症の概念

4.『急性腹症診療ガイドライン二〇一五』による「急性」の定義

 

おわりに


<著者略歴>

 

川満富裕(かわみつ とみひろ)

 

1948年 沖縄県に生まれる

1975年 東京医科歯科大学を卒業後、一般外科を経て、小児外科を専攻

1984年 獨協医科大学越谷病院小児外科講師

1998年より終末期医療に従事

2013年 青葉病院院長

現在  三軒茶屋病院勤務